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河野早記さん
PROFILE NO.3 河野早記さん 海洋環境学科4年

海外探検隊1期生タイチーム(2013年夏派遣)
指導教員立案型アメリカ派遣(2014年7月)

東京海洋大学に通う学生の中には、グローバルに目を向けた学生たちがたくさんいます。 第3回目のインタビューでは、海洋環境学科4年の河野早記さんにお話を伺いました。 現在SAKIさんは沼津港での津波避難の際のシュミレーションプログラムの研究を行っています。 4年生の7月にはアメリカオレゴン州に研究の基礎実験のために1ヶ月ほど留学。また、3年次には海外探検隊1期生としてタイに派遣されています。

早記さんが海外を意識するきっかけはいつ頃でしたか?

旅行が好きな母親の影響で、物心ついたころから海外旅行によく出かける家族でした。3歳のときにハワイに行ったことが初めての海外でした。小学2年生でアメリカに1ヶ月間の長期旅行へも行きました。

また、5歳くらいから高校生の受験期まで多言語・国際交流サークルに所属していました。その中のプログラムで海外でのホームステイがありまして、小5のときに韓国へ2週間、中1のときにアメリカに1ヶ月間、一人で海外へ行く経験がありました。
その多言語・国際交流サークルで、小学生のときから色々な国の言葉を大量に聞くことができたこともあり、気づいたときには海外へ行くことにまったく抵抗がなくなっていました。

早記さんが一番思い出に残っている海外での経験は何ですか?

profile_no3_photo3.jpg中学生入学前の春休みにインドネシアへ行ったときのことです。
それまでの海外旅行では観光地や綺麗なところにしか訪れたことがなかったのですが、インドネシアでは道路に座っている人はいるし、よくわからない言語で話しかけられるし、とにかく暑いし・・・嫌だ嫌だと思っていたのを覚えています。タクシーや服屋でぼったくりにも遭遇して、噂には聞いていたけれど、本当にあるんだなって。
中学生だったこともあって大きなショックでした。
でも、大きなショックだったからか、帰国してから日本とインドネシアの違いを意識するようになりました。不思議なことにインドネシアの良いところも帰国後に見えてきたんです。例えば、インドネシアでは宗教観から街にゴミが落ちていなかったり、妙にインドネシア料理を好きになったり。
インドネシアでの経験があったから、海外でサバイバルする基礎みたいなものが身に付いたように感じます。

大学での海外経験を教えて下さい。

大学生になってからは、1年生のときに旅行でグアムへ、2年生ではホームステイでお世話になったアメリカの家族のもとへ1人旅を。冬休みにはドイツのクリスマスマーケットへ。
どれもアルバイトなどで稼いだお金をつぎ込んで行きました。

3年生のときに海外派遣プログラムではタイに派遣されたそうですが、参加したきっかけや現地でのことを教えてください。

プログラムに応募したきっかけは、旅行ではない経験ができるからということと、お金の補助があるからという理由でした。金銭的な理由で留学は諦めていました。でも観光旅行ではないそういう経験って今しかできない。そんなときにプログラムを知りました。

1ヶ月間のタイでのプログラムでは、前半をシラチャ、後半をクラビという地域で過ごしました。
前半のシラチャではカセサート大学の水産研究所の寮に宿泊して、研究実験の補助をしていました。普段の旅行だとまわりに日本人も多いのですが、シラチャでは周りに日本人のいない環境で英語を使う機会がとても多かったです。
タイの英語はとても特徴的で、単語の最後の子音が落ちるのです。始めは聞き取るのが難しかった。「あれ、こんなに聞き取れなかったっけ?」って落ち込みました。
でも不思議なもので、だんだんと耳が慣れてきて、後半の頃には聞き取れるようになりましたね。

後半のクラビの方がキツかったです。
街から30分離れた田舎にある水産庁の施設で仕事のお手伝いを経験しました。
周りのお店は夜になると全部閉まってしまうようなところです。
また、訪れた時期は雨期だったのですが、ぜんぜん雨が降らず、その施設の水瓶が底を尽きました。
水が足りないので蛇口をひねると砂の混じった茶色い水がでてくる。
それではシャワーも浴びれないってことで、コンビニでタンクの水を買ってきて桶にあけてそれを浴びたり、海で身体を洗ったこともありました。
本当に何もないところでした。果物は美味しかったけれど。
そこでの生活を楽しもうって前向きになるまでに3日くらいかかりましたね。
帰国してからは本当にタフに、サバイバル力が身に付きました。
だいたいのことは大丈夫、みたいな。

4年生のときにチャレンジしたアメリカの留学はどうでしたか?

profile_no3_photo4.jpg毎日分析、毎日実験、あっという間の1ヶ月間でした。
実験が一通り終ると解析作業に入って、教授に結果をプレゼンして、という流れを毎週していました。今はこういう段階で、次はこういうアプローチをしていきたいのですが、どうでしょうか?みたいな感じです。
1ヶ月間という短い期間での集中した濃い研究生活でした。毎日論文を読んで、解析して。詳しく学ぶ必要のあるものは、日本語版の論文や参考書籍の原本を日本から送ってもらったり。どうしても専門分野の知識に関してはついていくのが大変なので、日本語でもちゃんと理解するためにひたすら調べて、の繰り返しでした。

アメリカに渡って2日目くらいの頃に、図書館で論文を読んでいて、たまたま日本語が聞こえてきました。「すみません、日本人ですか?」って話しかけると、同じように留学していた日本人の学生で、友達になることができて、そこからその子の知り合いとつながって、外国の友達ともつながって・・・っとそこで声をかけたことで、一緒に遊んでくれたり、パーティに誘ってくれたり、忙しくも楽しく日々を過ごすことができました。

日々のルーティンは決まっているけれど、アフターの時間や週末に、毎日面白いことがある。そんな1ヶ月間でした。

最後に早記さんの今後の目標を教えてください。

私は4月からマルハニチロに就職します。タイの水産庁でエビを扱ったことから、買い付けに興味が生まれて商社の部門に希望を出しています。
海外と接点がもてる、英語を使える部署で働くのが目標です。そこの部署では基本的に海外とのやりとりが多いので、1年目から電話もメールも英語での仕事が待っているかも。
就活のときから、いずれは海外へ、ということで企業を探していました。
将来的には日本の水産物を海外で売るような輸出の仕事をしたいと考えています。

河野早記さん

編集後記

お話を聞いて、幼い頃から海外へ飛び出し活躍しているSakiさんの意識の中では、海外へのボーダーがないように思いました。英語を使うことも、海外に行くことも、当たり前のこと。そんなフラットな目線で世界を捉え直したら、見える景色が変わりそうです。英語の勉強、がんばります。